2026年6月
2020(2021)東京オリンピックの為に施行された葛西スラロームセンターがあります。
2019年に完成してから数年たちましたので、現在の状況と公的維持の未来について考えてみたいと思います。
葛西スラロームセンターの維持費などから
東京都の発表では建設費が最終的に約73億円と発表されました。
東京都はこの施設についての減価償却状況とかを公表しておりません。
しかし、公的な施設ですのである程度の推定は可能となります。
国税庁などが想定する施設の耐用年数を考えると、コンクリートの水路部分と、大型のポンプ部分、それらに付随する建物等から構成されている施設として見てみましょう。
経過年数としては、7年ですので、50年の耐用年数として、償却状況をみると約10億円が償却されていると考えられます。
しかし、東京都は公共施設の減価償却費や資産台帳の詳細、償却方法(定額か定率か?)さえなにも公表していないのです。
ここで、注目しなければいけないのは、コンクリート部分とポンプ部分と附属建物は、それぞれ耐用年数が違います。
割合的にはコンクリ水路が45億円程度、ポンプが20億円程度、附属建物は10億円程度。73億円なので多少の誤差がありますが、この辺りと考えられます。
最初に耐用年数を迎えるのはポンプである機械関係の部分です。設備として15年程度で大規模交換の必要性が生じるはずです。あと8年後には5億円~最大20億円の設備修繕費がかかることとなりますが、この修繕に対しての積立金等は存在なく、東京都の年度予算の中から計上することになります。東京都はオリンピック関連の施設を多数持っているため、どの施設を優先させ残すのかの議論が数年後には巻き起こることになります。
ポンプ稼働の為には水道代だけでなく、電気代や人件費や、そのほかの管理のための費用が発生しています。電気代は巨額であるために、毎年2億円弱の赤字で発生していると考えられます。
水路部分のコンクリートも20年ぐらい経過したら中規模~状況により大規模修繕の必要があります。これも10億円~20億円程度はかかることでしょう。
このまま30年経過したときには150億円以上の施設建設から維持していく費用がかかるのが葛西スラロームセンターなのです。
この先東京都はオリンピック関連の施設の維持についてどのように考えていくのか
他の有明の施設や、アクアティクスセンター、海の森競技場など多くの施設が赤字運営であるのですが、これを、民間が出来ないスポーツセンターとしての地位と数少ないプレイヤーのために150億円がそれぞれかかる可能性とのバランスをどのように判断していくのかと言う問題はさけられない。必ず議題に乗ることになります。
経営状況を変えるのは、相当難しい。
レガシーとしての施設であっても、コンクリ建造物であるため、何もしなければ50年後には耐震などの問題を含め使用禁止となる可能性もある。その前例がペキンオリンピックの施設の状況であり、廃墟と化していると言う事実。
指定管理者を変更したとしても、施設の特徴的な構造は、どのように年間の利益を出し、維持費だけでも生み出していくのかがテーマである。
・用地変更や、複合施設化によって経営方法を変えてみる。
・解体の費用も見越せないため、事実上機能停止させて、入場出来ない状態。
・完全廃止、土地などを売却し商業施設または、住宅地として利用。
記念碑だけを残す形。
この様な感じですが、第3セクターを見てみると簿価10万円程度で施設を売却して運営を変えるか、または破産経営がほとんどで、公共事業で採算度外視といわれますが、逆に公共用途だから採算は関係ないという思想が蔓延しており、税金をつぎ込んで溶かしてしまっても誰も責任を取らない構造であるがための現象であり、納税者の理解を得られなくとも議論から逃げていつの間にか終わっていると言う始末です。
スポーツ行政の終焉も見えてくる時代
カヌースラロームのコースとしては、最低レベルのキャナルモデルで、リバーモデルでないところから国際大会の誘致は壊滅した状態である。
今後、国体の廃止なども考えられ、スポーツは欧米のようにエンタメかスポンサード維持により、公共からの補助金や大会主催のない世界的なスタイルに変わる可能性もあり、プレイヤーの少ない競技は淘汰されてしまう可能性は否定できないため、JCFは何をしなければならないのかを考える必要があるが、マーケティングを知らない彼らには無理であり、外部マーケッターを使えばだまされお金だけ高額請求をくらって尻つぼみの罠にはまるだけ。補助金のためだけに理事が存在し、本気でナウティックスポーツへの熱い姿勢がみえてこない。スポーツを行政が主催している国は日本しかない。
私は建設前に色々な行政に意見を書いたが、行政のゴールありきには何も響かず、結果このような未来をなくす現状が突きつけられている。残念でしかない。
未来の行政のありかたを考えてみる
以下読まなくて良い・ブツブツをいいたいだけ
結局、公務員に未来像は全くみえず、見えているのは決まった事業をとにかく仕上げることが絶対なゴールを上から決められている。その先は知ったことではないということ。
これは現代のAIと全く同じで、AI自体はそれが正しいか悪いかの判断ができないが推論し、答えは絶対出すように決められている。
上司絶対の公務員体質は、議会できめられた事を職員に命令の連鎖で、参考見積もりだけを頼りにゴールへ進ませる。本当に、階級構成の行政組織が現代には限界が来ていると言う証拠だと感じている。
これらを考えると、省は解体し、個別の専門科として、部署の力をつなげるシステムにすべきではないだろうか。専門家はいないが高学歴はいる。高学歴者をもっと専門家として人材を増やす内部教育の強化が必要。一部は研究者となっているが、底上げでは一度全員が研究者のレベルに近づいた段階で事務方をおこなう。一般事務職が経験談とはそれを表している。
施行のための法的な手順が形骸化してしまっているケースもあり、委員会で教授を集めても意見は言ってもらえるが、彼らに必要なのは委員会を開いたという手続きが完了したということだ。教授も説教になるほど熱く言いたいが、そのレベルに達しない者にそれを言うのは過言である事を知っている。
民間企業の専門性だよりという、行政の専門的能力は無いが、お金を出す上流者という気持ちの悪い対立が現代にはそぐわないからだ。公務員が民間よりも高い技術レベル情報を持っていた時代とは違う。
独裁政治の隣国のような構造と類似している完全縦型の組織のシステムについては、改革すべき問題点でもあると感じる。完全縦型でなければ統制がとれないというのは軍事形式で、組織それぞれの意識の方向性の維持によって繋がることが出来るのは日本だけが出来る未来の形態だと考えている。

