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NHK杯結果と考察とラグビーから学ぶこと

スラローム
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パドルが流されないようにリーシュをつけるといいかもね。
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東京オリンピック カヌースラローム競技日本代表選手最終選考会 兼 第42回NHK杯 国際カヌースラローム競技大会大会が10月18日(金)~10月20日(日)に東京都江戸川区、葛西カヌースラロームセンターで行われました。

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東京オリンピック日本代表選手

女子カヤック 矢澤亜季選手
男子カヤック 足立和也選手
女子カヌー  佐藤彩乃選手
男子カヌー 羽根田卓也選手
※新ルールによりミックス以外一人乗りなのであえて書かない。
代表おめでとうございます。

東京コースのスピードコースは日本選手の苦手なランをストリームが助けてくれるため、大きなタイム差が出ない設計。
見た感じ特殊な水流を生むゾーンはなさそうに感じた。

 

ラグビーからカヌーは何かを学べるのか

メダルを獲らなければ、メディアの評価対象にならないのだろうか?
メディアの評価対象とは、人が注目してくれる。
名前を聞けば、凄い人だと感じ、見てしまったり、読んでしまったりする。

これは、メディアのせいではなく、一般の人達が「メダルを獲ってこそ見る価値がある」と長い期間TVなどのメディアの流れから、逆に植え付けられてしまった感覚では無いだろうか。

そもそも、その人を自分のあこがれの存在、海外ではアイドルという言葉が出るが、日本では芸能人に意味が移り変わる。
昔は、その人が凄くなる、これは応援しがいがあると感じれば、メダルなど関係なく、その人を応援し自分のお気に入りの存在として気に留められていた。

いつしか、気に留められる存在の出来るだけ大きな枠を持っている人が広告宣伝を見てもらうためのマスコット化してしまい、それが世代を超えれば、その意識が常識のようになってしまったのが現在であろう。
しかし、今回メダルを注目しているのでは無いという出来事がスポーツではありえるということがあった。

NHK カヌー競技を地上から外す。

今回、2019年度のNHK杯はBS2チャンネルで放送された。
もちろんアーカイブは国民からの受信料徴収権を持ちながらも別に販売を行っている。
このBS2は東京オリンピックでもカヌーはTV地上波では放送しないという前振りに見える。放送するならBS2で行うから、今回みたい人はBS放送アンテナを買い、衛星放送の受信料を払ってみることへの布石ではないのか。

仮にも、日本代表選考会であり、またNHK杯を冠までつけたイベントをこのような一般からさらに遠ざけるような措置。
JCF日本カヌー連盟も世間知らずである。NHK杯を行うのなら地上波でやらなければ代表選考イベントは行わないなど交渉のための準備は考えておかねばならない。
言われるがまま、知らぬ間に世間の外に追いやられてしまう。
これが新江戸川葛西スラローム競技場だったからマスコミは集まったが、どのマスコミも、代表選手が誰になったはおまけで、羽根田選手が代表になりましたをキャッチに使うのみの内容もほぼ無い数行のニュースで終わるものばかりであった。
カヌーカヤックをプレイしていて、誰も、カヌーカヤックの中身を見てくれていないと言うことがあらわになっただけである。

ラグビーワールドカップから見えるもの

競技の面白さをアピールし、見てくれた人が轢かれるイベントでなければそうなることは明白である。
例えラグビーワールドカップが莫大な視聴率をとったとしても、ルールがわかっている人は、ほんの一握りもいないぐらい。また大人が余暇にラグビーを楽しんでみようと言う人は皆無と言って良い。

しかし、ラグビーは観戦イベントとしてのポジションは確立した。
だが、国内試合は見る人は相当限られてしまうだろう。
国際試合だから見た。

サッカーのワールドカップと同じ道をたどっているが、サッカーは若い人はミニサッカーと言えるものを楽しんでいるし、子供もプレイしたがるスポーツになった。

この差を考えると、「自分には無理」怪我をする確率が果てしなく高いのがラグビーだから、プレイは出来ない。

同じ体一つで出来るフットボールが分かれたスポーツが大きな日本での差を生んでいる。
カヌーはどうであろうか。
ゴルフのように高額な道具と場所が無ければ成立しない。子供がボートを持って出かけることは不可能。レンタルがあったとしても、山の中まで出かけなければならず、日帰りは人口の多い都市圏では無理だし、競技になれば週に何度も訪れなければならない。
それが、今回江戸川に場所が出来た。
東京千葉であれば、行くことは可能である。
この先のステージをどのように道のりを作っているのか?
これが、今後のカヌーの未来を決めると行って過言では無い。
しかし、カヌー連盟はまともな教育を持っていない。
そして、まともな運営が出来る人達がいない。

それは、確実な尻つぼみを意味している

あれほど興味が無かったラグビーはなぜ注目されたのか?

ラグビーが好きになった人は多いのでは無いだろうか?
ラグビーはメダルも取れるはずが無いとわかってみていたし、わずかながら期待も楽しみの一つだったが、そのメダルのために見ているわけでは無い事がわかったとはこの件である。
前回のワールドカップで見せた闘志。そして今回、徐々にエモーションは伝わり、結果視聴率というものさしだけで言っても、翌日の世間話の話のかみ合い方でも、相当な人達がTVを見ていたことは明らかであった。
その原因は・・・。

ラグビーは熱い魂が伝わってくる。
魂の共鳴は感動を生む。

成績で見せれないのなら魂を見せろ
全力の魂のエネルギーは、みんなに伝わるんだ

オリンピックの選手とならなくても、競技をやっている人達へのメッセージにもなったのではないかな。

代表選手が世界に注目されるのなら、それが東京オリンピックでやるべき事だ と私は思っている。

=追記=
ヨーロッパの選手がオリンピック本番でプレッシャーに負けてミスをしてしまう。それは、メダルを取れるかも知れない選手を超えて代表になり、その熱さを国の人達に見せる。大きなプレッシャーを背負って許されるのは、メダルを獲るために記録を置きに行くのでは許されない。最高のランを見せること。それ以外に無い。そしてその熱さを見れば許されてしかるべきだということは、国の人達にも伝わっている。
その隙間をつくようなレースを日本選手はやるべきでは無い。メダル風潮のメディアに負けてはいけない。決勝へコンスタントにいけるなら、表彰台のトップを目指せるだろう。しかし、決勝にいけない選手がメダルを獲ると宣言するのは、多くの税金を使ったイベントに対する姿勢は、ファンとスポンサー(個人も援助も国も含めて)への姿勢。目標にすることはわかっている。ベストを尽くすこともわかっている。
毎回オリンピックでメダルを獲らない選手がマスコミに取り扱われないことも事実。
しかし、今は個人で発信できる時代である。スポーツイベントが成立する理由は何か?
選手も競技だけでは済まされないしがらみの中で闘うしか無い。
全てから解放されたい?
それはレクレーションとなる。
つまり、プレッシャーを楽しみ。みんなを熱くさせる。
記録しか残せない人は歴史の頁に埋もれるだけとなってしまう。時の人はすぐに消えてしまう。
記憶に残る人は永遠なのだ。

代表になった選手は、自分の定義でやったら良い。それが代表選手に与えられた特権なのだから。
多くの意見はあるもの。老人と子供とロバの話のようにね。


連盟部分の記事 どうでも良いので削除した。

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