私はホンダのバイクを持っているのですが、ホンダのGB350とロイヤルエンフィールドのクラッシックなどの350シリーズとを見ていて感じた、ホンダのデザイン思想が振り切れない理由を思いついたので、メモっておこうと書いている。
両方とも海外生産でアジア市場をターゲットにした昔のバイクを想像させるアンティーク感漂うような、今だからこそ昔風がウケているバイクなのですが、ホンダはロイヤルエンフィールドのひとり勝ち市場に切り込むべく、ライバルモデルとして販売している。
信頼度で言えばホンダであるため、壊れたくない、粗雑に放置していても動かしたいときに走るなど優位性は計り知れない。しかしロイヤルエンフィールドは全然負けないどころか勝っている。それは、いかにも外人がデザインしたという感じもふくめた、デザイン性にある。
ブランドネームプレート一つとってもクラッシクな雰囲気に、レトロ高級感のあるエンブレムがそれを象徴している。しかし、ホンダはHONDAとあるだけで、ウィングマークもないし、HONDAのロゴもよく見るものでしかなく、レトロに寄せおらず、またデザインからわき上がるストーリーの為の雰囲気をつくっていない。
そして、ホンダのエンジン周りも含めたスタイルは、完璧であるし、最新感も漂わせつつ形だけはレトロなモデルを利用している。
これが、私の思う最大のつまらなさであり、抜けきれないだささであり、卑らしいデザイナーの根性がうっすら見えてしまう。
年代的にバイクのレトロが好きな人は高齢者が多い。そしてその高齢者の子供であった今の中年以上の人達はそこに食いつく。70歳代の山と45歳の山あたりがターゲットとなっている。
その年代でわかるように説明すると、サイボーグ009で良くて008ではだめなのだ。
説明すると、009は最新の人造人間型サイボーグであるにもかかわらず、見た目は普通の人間と変わらない。
しかし、008は戦いでズタボロになり、瀕死の状態で助けられたときに博士達は008の体を超強力なサイボーグにしてしまった。見た目も鋼のような強さの素材となり、008は、これでは僕はロボットと同じだ・・・としょげてしまった。
最終的にはその体で一生戦っていかなくてはならないために008は飲み込んで、開き直ったが、バイクはそれで生きていくわけではないので、デザインを変えれば良いだけなのである。
つまり、ホンダは008にしてしまったのだ。
最新の技術のデザインを表側から見えるような作りにしたが為に、レトロ感を消している。これが卑らしい根性の理由である。
最新のが欲しい人は350CCで20馬力のバイクなんて買わない。150CCでこの馬力は充分に出るだろう。そういう人はレーシングモデルに吸い寄せられるものだ。
バイク単体で言えば、高速道路などを考えたらあと10馬力ぐらいはあって欲しいとは思う。
それはともかく、振り切れないホンダが、イヤらしい我々は技術力があるのだっていうのを見せつけつつ販売しているから、世界のホンダであっても、マーケットを席巻できない苦戦が続いている。
こういう丸ぱくり制作チームはさっさと、別のチームに切り替えた方が良い。大人でなければ、レトロと現実への反映への感情、その意味はわからないだろう。
比べたときに、先に書いた、アジア製品で数十万円出して、すぐ壊れて修理の連続みたいな経験があれば、やっぱりホンダだなってそっちを選んでしまうだろう。
その、損得勘定でロマンを見切ってしまう人達がGBを買ってしまうと感じている。
ホンダのバイクは素晴らしい、ただ、チームがバイクの雰囲気から生まれる世界観の必要性を理解していないだけ。それを理解しているのが、ロイヤルエンフィールド。この違いだと私は思っている。