自動車が売れていないのに売れているように見せかけている

自動車の統計をみると、大抵前年比と同じ状況が続いている。これは、ナンバー登録されている新車車両の登録データであるが、よく考えると、この前年比が20年ぐらい続いていること自体おかしいのでは?と考えるに至った。
自動車ディーラーの販売手法は、まず目標台数を決めること。売上額はそれに伴い決定されるが、実質購入者が全員先月や前年と同じような購入をするわけがない。人気の車種がでたり、なにかの弾みに急に人気が出たり、他社との競合で比較検討されれば、同じな結果が出るわけがない、そのため、金額の設定はある程度の決まりだろうが、実質的な粗利額や粗利率に関して注目されているだろう。仕入れの立場からの前年比必須の考え方が自動車業界特有の流通事情があるのだろう。

そのため、前年比に近づけたりするためには、売れないといえども、大きな差をつけてはいけない。そのため新古車としてナンバーを取得し、中古車として関連会社などに流したりすることで、売り上げを作る。
つまり、トータルで前年比を割らないように、実質登録台数は変化しないというのがからくりである。

このからくりを解明するには、車両の価格が重要になってくる。
マイナーチェンジ等で価格を変更するわけだが、この実質的な販売台数と新古車市場へ移動した台数の差が、マイナスであれば、利益率を上げるために、車両価格を上げることで、実質販売台数が減っていても、利益に大きな変化が起きないような仕組みを作っている。

これにより、ディーラーがガラガラな状態であるにもかかわらず、営業が続いている不思議な構図が解明出来るだろう。これは一つのファクターでしかないが、価格を上げ、下代が上がることでメーカーへの利益が増え、その分補填額をカバーできるようになる。

自動車雑誌が売れているとか、前年から売り上げが変わらず人気とか、広告用記事でしかない。
社会の2極化が進めば進むほど、高額商品帯へ商品とセールスマーケットは移動していくが、その行為はそのマーケットを将来消してしまう行為に他ならない。

海外へマーケットをシフトしているが、発展途中の国に車の需要は高いもので利益は出るが、国家間のフェアな取引が、その国への就業人材確保でバランスが保てている状態から、次のステップに移行したときに、車業界以外の国家間のフェアな取引が、他の業界の利益を圧迫してくる可能性もある。
自動車が国内での地位が下がれば、その補填の為の国家政策は国民の支持を受け入れられないだろう。
だからこそ、国内の需要の為の利益を減らし社会の車購入層の収入ゾーンの売価を維持し、減ってしまった利益を海外で補填するスタイルによれば、納得される可能性も増えるだろう。
自社の利益を増大する方向性のみでは、必要経費がそのマーケット以上に広がっていない企業はイメージが悪く捉えられるだけで、広告によってイメージを良くする戦略など、うわべの薄っぺらい化けの皮はすぐにはげ、ばれるものだ。国民をなめないことだ。こういう本質が大企業のエリートには分かっていない、人間の基礎レベルが低いということにつながる。会社内では優れた人材であろうが、一般社会では人間性の無い人は馬鹿にされているのも気がつかない。

 

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モビリティカー

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昨今、軽自動車が売れていると言うが、地方では車が必須であるということもあり、都市圏との所有台数に差が出ている。そのため、軽自動車が100万円を切っていた時代から、現在150万円超から200万円になっている。
実際に自動車の性能を考えたときに現在2025年では1200CCでも昔の2000CCくらすの乗り心地は確保できる。40年前の1500CCでは120KM/Hもギリギリぐらいの性能だったものが、いまや軽自動車でもクリアしているのだから。
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車社会の未来
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政府はモビリティカーを推進しているが、先導するアイデアがない。言葉はあり、その方向へのシフトへのシステムも議論されているが、所詮、公務員に社会の動きはわからない。ずれた感覚だが、高性能な人材が生み出す机上の理論は実質的な社会の問題に直結して折らず、結局社会問題の解決策を話し合い法律にしていくことの成果しか出来ない。

インターネット社会の普及により、もっと社会の声を聞き統計情報などとAIを組み合わせて仕分けし、政策を立てる方向に転換しなければならないと感じている。